*camouflage
2010浜誕
勝手に過去設定あり。
「浜田、誕生日だろ? ケーキ持ってきてやったぜ」
あっさりと言って泉が持ち上げた箱を一瞥した浜田の顔の6割は「ウレシイ」で、3割は「ビックリ」で、残り1割は「コマッタ」でできていた。どう見積もってもファミリーサイズ。
ケーキショップで「6号」とプライスカードに書かれている、あの大きさだったからだ。
「……でか。……ありが……まあ、入ってよ。うん……」
手渡された箱をぶら下げ、玄関のドアを抑えて泉が上がりこむまで待ちながら、重みを計って浜田はウーンと内心唸ってしまう。
このサイズを二人で食おうというのだろうかと考え、次に、付近の物陰に田島や三橋の影を疑ったからだ。
「誰か来んの?」
「え? いや、浜田が呼んでなきゃ誰も来ねーんじゃね?」
スニーカーを脱ぎ終えた泉はちょっと肩をすくめて箱を回収した。
居室に入る途中に勝手知ったる調子で水屋の抽斗を開け、中からフォークを2本抜いていく。
「何してんの? 食おーぜ早く来いよ」
呼ばれて後を追えば、泉は弁当箱でも開けるように衒いなく、小花模様を刷った紙ケースの蓋に手を掛けている。
箱を揺らさないよう、薄いセロテープの先こそ慎重に爪先で掻いたものだったけれど、こんな時には相手の反応を意識してしまいがちだから、それを隠す素振りをしそうなものなのに、「心底平常心」という様子で浜田は調子が狂った。
「それ、二人分にしちゃ随分でかい箱だね」
「ん? ああ、実はしのーかから内密に処分を頼まれたヤツなんだ。悪いな付き合わせて」
(なんで篠岡? なんで内密? 処分て……)
まあどうぞとフォークを勧める手で促され、浜田は泉の向かいに腰を下ろした。
薄いセロテープの半分が箱の底から剥がされると、蓋が軽い音を立てて開けられる。
影になった箱の中から赤いリボンと柊の葉の飾りが覗いたから、浜田はああこういう事かと処分の意味を理解した。
箱から全容を現したケーキは茶色のチョコクリームで、上からパウダーシュガーの雪をまぶしてある。
等分に置かれた真っ赤な苺が6つ、華やかな彩りを添えていた。
(6人分……だよな)
「ケーキ作りの予行練習?」
「そう、24日に部に作ってきてくれるための練習ってさ。ああほら、一応ローソクは持ってきてやったから」
泉が鞄から取り出した束にぎょっとして、浜田はローソクごと泉の手を押し戻した。
「この白いの、仏壇のローソクだろ!? ……いいよ」
「え? 浜田ってんなコト気にすんだっけ?」
「だいたい底をホイルで巻いてない」
「蝋なんて垂れても混じんないし、火を点けたらすぐ消すだろ……」
細っかいなあ。泉は口の端を歪めた。ローソクを離した指で苺を摘まむと、ぱくんと頬張る。
「まあ、いいや。とりあえず食おう」
苺のために絞られていたクリームの台をフォークに乗せ、ほら、と浜田を手招くように振って泉はそれも頬張る。主役を差し置いて手を付けられるケーキはもう、誰のためのものなんだか分からない。
「いただきます」
浜田も飾り用の絞り口できれいに装飾された側面にフォークを差し込む。
ウレシイの割合は4割ぐらいに落ち着いてしまっていたけれど、外側にまぶされた厚みのないビターチョコが良い具合に苦くて、口に入れてしまえばなんだか幸せな気持ちになれた。
美味いなあと唸って目を細めてしまう自分の単純さに浜田は苦笑いする。でも、嬉しい気持ちになれるに越したことはないから、ここは素直に喜ぶことにして、二人でしきりと篠岡の腕前に感嘆し、両側からケーキの円をせっせと削った。
「でもさ、なんで――」
ケーキと口を往復するフォークのスピードが少し落ちた頃、唇の縁をいくらかチョコで汚しながら浜田が首を傾げた。
「篠岡は泉にクリスマスケーキの事を秘密にしてないの?」
苺の縁に沿ってスポンジを掻き取っていた泉のフォークが大きな音を立て、底に敷かれたレースペーパーを突く。面倒な奴だという目が、抉れたケーキの側面から浜田へ移された。
「内密にってさ、まさか監督にじゃなくて部員には秘密ってことだろ?」
「作りすぎて引受先が足りないんだと。田島や水谷だと他にばれそうだからな」
すぐ際まで追いやられた大きな苺をぐさりとフォークが襲い、泉の口の中に消える。
ケーキの上に飾られているのは冬場の、それも飾り用の苺にしては口を閉じれば簡単に果肉を押しつぶせる柔らかさがあったけれど、泉は顎を大きく動かして、それをガツガツとかみ砕いていく。
手動ミキサーみたいだと浜田は思いながら、自分も2つ目になる苺を頬張った。
「そういや、昔オマエの小母さんが作ってたでっかいケーキもすごかったんだよなあ」
浜田は苺の酸味で甘さに麻痺した味覚を冴えさせながら、一度中空に目を遣り、な? と泉に同意を求める。
こんなの、と手で示した円はウエディングケーキの台ほども大きくて、泉は軽く噎せ込んだ。
「親の作ったケーキなんていつの話だ? そんなでかいの家で作れるわけがないだろ」
「そうだっけ?」
「……そーだよ。せいぜい、こんくらいしかねえぞ」
辛うじて、元は円であったろう事が分かる無残なチョコケーキの塊を泉のフォークが指す。
「ええ!? じゃ、俺の感動記憶フィルター?」
「だろうよ」
「生クリームだったけどやっぱり苺がたくさん乗っててさ、買ってきたんじゃないケーキなんてあれが初めてで、オレ感動しちゃったんだよなあ」
小学生の頃に振舞われた泉のバースデーケーキ。
もったいなくて、浜田はしばらく三角にカットされたケーキを矯めつ眇めつしていたのだった。
もぐもぐという擬音が似合いそうな泉は、やっぱりあの時も自分の向かいに座り、ケーキを口に運ぶ事に真剣だった。
泉ときたら、あとは飾りの苺から外側だけを残すところまで食べてから、浜田の手つかずのケーキを眺め、
『ハマちゃんケーキきらい?』
と、「なら自分にくれ」という、期待を込めた目で訊ねてきたのだった。
『ケーキなんて作ってもらった事ないから、なんかもったいなくて』
泉に食われないように慌てて皿を引いたのが昨日の事みたいだ。
思い出し笑いが外に滲んでいたのか、ケーキと浜田を交互に見ていた泉が浜田に目を止め、あきれ顔になる。
「だって、すごい大事に食ったの思い出したんだもん」
泉は目を細く瞬かせて妙な表情をすると、何も言わずに腰を上げた。居室から台所に一度姿を消し、カップとポットと牛乳と、それからインスタントコーヒーの瓶を抱えてもどってくる。奇妙な顔のままで元の位置に座りなおしてカップにコーヒーの粉を入れ、お湯と牛乳を加えて溶きはじめた。
(あれ? なんっか反応変じゃね?)
どことなくむずむずとした顔で温いコーヒー牛乳を啜る泉を眺めていると、少し前の疑問がもう一度頭をもたげてくる。
なんで篠岡は泉にケーキの事を秘密にしていないんだろうかという疑問だ。
篠岡が泉にだけ当日のサプライズを秘密にしないというのは、ちょっと考え難い。
(もしかして、柊はカモフラージュ?)
ひょっとすると、これは元々自分のためのものではないだろうか。
そんな可能性に行き当たった。
そう思ってみればわざわざ試作品に柊なんていう飾りをあしらうところも不自然だ。
けれど作ってくれた篠岡が気を利かせたのなら、泉は「篠岡から」とでも言って持って来るだろうし、わざわざクリスマスケーキのなりをしている必要はない。
(ってことは……コイツが頼んだ?)
疑ってみれば、目前で明らかに食いすぎはじめている泉の行動が怪しいし、だいたい訪問を受けた最初から、普段どおり過ぎて変な感じがしたのだ。
誕生日と言って訪問しておきながら、それらしき素振りがあまりにもなさすぎる。
マグカップを再びフォークに持ち替え、泉はケーキの続きに取り掛かっていた。
いくらなんでもそろそろ嫌気が差す頃だろうに、落ちても一定のペースをキープして、泉は着々と3個目の苺を目指している。
口の周りに残る甘みが気になるのか、ぺろりと舌で唇を拭う仕草が、『ハマちゃんケーキきらい?』の頃の泉を彷彿とさせた。
浜田が『もったいない』と言って皿を大事に抱えると目をぱちくりとさせて、自分の皿から楽しみにしていただろう苺をくれた頃の。
「なあ、これってもしかしてさあ……」
「ああっ!」
「……なに?」
突然言葉を遮る大声に何事かと訊き返せば、泉は一度正面から浜田を見て天井に視線をちらっと逃し、もう一度口を開いた。
「あっ!!」
「なに?」
「あっ!!!」
「だから、なんな……っ!!」
大きく口を開いた途端、3個目の苺を乗せた大きな塊が浜田の口に押し込まれる。噎せそうになるのをやっとの思いで堪え、浜田は唇に当って砕け落ちようとするケーキの欠片を片手で受けた。
クリームだかスポンジの欠片だかが気管に当って、涙が滲む。
視界を涙でゆがませたまま顔を戻すと、泉はやるべきを達成したという満足顔で引き続きケーキを掬い取り、自分の口へと運んでいる。
(まさか今のもプレゼントのつもり……とか?)
……それならば。
浜田は塞がれた口の代わりに鼻から溜息を吐く。
(「あ〜ん」なんて可愛くやれとまでは言わないけどさ)
せめて「あー」と言ってほしかった――。
夏/投/列/島/薬/局/
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