*きっちん1
浜田宅でのお話。
浜田の家の間取り。
玄関を入り、向かって左にトイレと風呂場。右側に台所と、狭い三和土(たたき)を挟んで水周りが手前にかたまっている。
台所の奥には障子ガラスの引き戸がはめられていて、その向こう側にある畳敷きの部屋が、浜田のひとつきりの居室だ。
居室の中にはパイプベッドとコタツ兼夏場はテーブル。
前の家から持って来た、一つだけばかでかいテレビ――。
テレビは普段、泉がゲームをする時に点けるぐらいで、浜田が見ていることはあまりない。
あとは半間の開き襖の押し入れ。それにベッドの下に収納ケースが三個。
そのうち一つはベッドから半分はみ出すように置いてあり、サイドボード代わりに携帯や雑誌が積んである。
はみ出たケースの後ろには、年相応のたしなみと言えばいいのだろうか。早い話、人目に入ると気まずいものが隠してある。
先日何かの拍子にベッドの隙間から見付けた泉は、この部屋で一体誰の目から隠す必要があるのかと思った。
けれど取り合えず、その時はそのまま見なかった事にした。
見つけたことがバレたなら、後が色々と面倒そうだからだ。
ここに足繁く訪れるようになって何時ごろからなのか、どことなく、それらしい雰囲気というのか、匂いのようなものが部屋の空気に滲むことがあって、警戒している。
そういった事には泉も他の連中となんら変わりなくて、「まあ考えなくもない」どころではなく、いつでも頭の中を埋め尽くせるほどだけれど、ここではどうも、あからさまに表へ出すことができない。
大人の目のない浜田の家はひどく居心地がよくて、今の状態が崩れてしまうことが惜しいし、すこぶる上手くいっていると言ってもいい今の距離を縮めてそれまで築いてきた関係が崩れてしまうかもしれない可能性を思うと、泉の性分にしては珍しく、冒険は避けて安全な方を取りたがったからだ。
台所には、一人にしては大きな冷蔵庫とコンロ、食器諸々を積んだキャスター台とシンク。
冷蔵庫や台はテレビと同じで、前の家から持ってきたものだ。
そしてコンロの上には、いつも大中小の鍋が重ねられていた。
浜田の部屋の台所には、調理器具を並べる棚がない。
洗いカゴとコンロの上に、大抵のものは直接乗せられている。
「なあ、これって三個も必要あんの?」
その日、冷蔵庫のドア越しにコンロ台を覗きこんだ泉は訊いてみた。
使った形跡はあるのだけれど、どれも焦げ付き一つなくていやにきれいなのだ。
どうにもフルで活用されているようには見えなくて、一体コイツは毎日何を食っているのかと、泉は疑問に思ったようだった。
「あるある」
浜田は解説者の面持ちで小さい方から一つ一つ手にとると、
「コーヒー用」
「ラーメン用」
「レトルト用」
と、簡潔に分かりやすい解説をした。
「……あれ? 泉?」
はぁ、と溜め息が聞こえる。
「浜田さ」
やや後ろに立っていた泉がそっと額を浜田の背中に付けたかと思うと、きゅうっと音がしそうな感じで、心底同情するようにTシャツの裾をつかんだ。
「はまだー……オマエもうちょっとがんばれな?」
何をがんばれなんだろう。
応援だって学校だって、最近結構がんばっているはずの浜田は、重ねた鍋を見ながら首をかしげた。
しかも「がんばれな」って何? なんでいっしょ形の「がんばろう」じゃないんだ。
泉、冷たいかも、ああ、でもいつものことかもしんない。
もうオレ、コイツの性格に慣れすぎちゃったのかなあ。
慣れすぎてしまえるくらい築かれた親密さに、小さじいっぱいのがっかりとうれしいを振り掛けた顔で浜田は頭を掻いた。
結局、何に「がんばれ」なのかはよく分からないままで泉は帰ってしまったけれど。
これも「いつもの事」だから浜田はさして気にすることもない。
「ちょっと孝介! 納戸散らかさないでよ!」
その夜、泉母は懐中電灯とともに何やら不審な動きで退散する息子を見た。
そのまま玄関に廻ったかと思うと、自転車の音がする。
こんな遅くにまた人の家に押しかけて。
娘であればガツンと叱るところだが、息子に構いすぎるのは考えものだ。
鍵を持って出たのだろうかとは思いながらも、母はチェーンだけ外して施錠した。
「おおっ!? 誰??」
普段セキュリティにはあまり頓着しない方だった。
けれど珍しく鍵を掛けた時にかぎって、外から力任せにドアを引っ張られたものだから浜田は驚いた。
「オレ」
ドアの向こう、少し低い位置からよく聞き慣れた声がする。
開錠してドアを開けてやると、さっき帰ったはずの顔が隙間から覗いた。
「なんか忘れたか?」
一体何をしに戻ってきたのかと不思議に思いながらドアを大きく開けてやる。
急いで戻ってきたらしく肩で息をさせていた泉は、浜田に何か、またぎゅっと音がしそうな勢いで押し付けてきた。
よくよく見ると、それは古雑誌のようだ。
『オレンジページ増刊号 一人暮らしの簡単レシピ』
『オレンジページ11月号 5分でできる簡単おかず』
以下似たようなもの。
「これ見てちょっとはまともなもん食え、じゃ!」
それだけ言うと声を掛ける間もなく泉の姿が消え、一階から自転車のバネが上がる音が聞えたかと思えば、砂を踏む音が繋がったシャーともジャーともつかない走行音が慌しく遠のいていった。
泉なりに食生活の心配をしてくれたらしくて嬉しいような、手伝ってはくれなくて突き放されたのが寂しいような。
浜田は苦笑いを浮かべ、取り合えずパラパラとページをめくってみる。
手の中で、大きく切り取られた特集ページの跡が、バサリと音を立てて開いた。
夏/投/列/島/薬/局/
INFORMATION
MEMO
TEXT
BOOKMARK
RESET