*きっちん3
さらに浜田宅でのお話。
2009年泉誕生日テキスト
なぜ月末も差し迫った29日なんて日に生まれてきてくれたのか。
授業中は携帯に、家に帰れば大家さんがくれた米屋のカレンダーに、バイトに行けばシフト表に向かって、浜田は財布片手に同じ問いを繰り返した。
日にちはもう20日を過ぎていて、10日くらい言いっぱなし。
それも後半になれば「なぜ29日」の後に「なぜ11月」が加わり、浜田にとって今年の11月29日は、
「もう、ものすごく迷惑な日なんだけど」
と、一年の中でも三本指に入るイヤな日になりつつあった。
(いやいや、本来ここは特別な日の一個になるハズなんじゃねえの?)
なんだか悩みすぎてこんがらがったみたい。また頭を元に戻す。これの繰り返し。
金欠の原因も悩みの種も、みんな根元は同じで、本来29日はちょっと特別な、うれしい日にしようとして始まった悩みなのだから、イヤになっては本末転倒というものだ。
12月には余力を残したい。そんなに盛大なことをしようとは思わないけれど、人の足元を見るように、あれも、これも、みーんな値上がりしてしまうのだ。
それがどのくらい上がるかというと、ちょっとくらい節約したって「空きっ腹を水で膨らませるほど」節約したって、変わんないくらい。
「も、なんでクリスマスと正月前の月の月末に生まれるわけ!?」
じっと睨まれた米穀店のカレンダーは十枚剥がされた薄い体で黙して答えず、申し訳なさそうに下がっていた。
「それで、品行不方正なセンパイ方に聞きたいんッスけど」
「――浜田。テメエの汚れた過去を清算してから人のことは言え」
人差し指で弦を持ち上げられ、レンズが気難しげに反射した。といっても、やったのが梶山だからあんまり決まらないポーズだ。
「で、なに?」
「給食みたいなパックされたバター。一個めぐんでくれるツテない?」
「は?」
「マックで朝飯奢ってくれたらホットケーキについてンのやるよ」
モノが分かったらしい梅原は隣から嬉しげな声を出した。
「……そんなら素直にバター買うって。ビンボーなんだよオレ。ついでにサラの割り箸何膳か恵んでくれる人と」
「何すんだあ? そんなもん」
「メシ、作んだ、よ!」
胡散臭そうな顔をしていた梶山と、話半分に聞きながら呆けていた梅原は、頭上に疑問符を浮かべて浜田を見上げた。
割り箸とバターを探すために、浜田は二年と一年の知り合いを渡り歩く。
結果、割り箸はコンビニ、バターはファミレス、それぞれ利用頻度の高いヤツが都合してくれ、随分な人数に首を傾げられはしたものの、浜田は当初の探し物を無事、金曜までには確保することができた。
割り箸にいたっては、捨てるくらいにやってきた。
「あしたの練習何時から?」
泉が9時からだと返すと、
「じゃあ今晩からおいで」
金曜の放課後、浜田は満面の笑みでそれだけを伝え、鞄片手に教室を出ていく。
後ろからは「なんで今晩―?」と、疑問の声が上がっていた。けれど構わず、急いで学校を後にした。
今日は早めにバイトに入って、タイムセールの時間に近所のスーパーへと買い物に出してもらうつもりだ。予定通り5時になると通りには、五千円札一枚を握って斜向かいの個人スーパーへと駆けていく浜田の姿があった。
札はバイト先の奥さんから、『限定お一人様二本まで』のサラダ油と、他諸々の買い物を頼まれて渡されたもので、なんとお釣の中から駄賃として、浜田の買い物に充てさせてくれるというから有難い話だ。
元々予算は三百円だったけれど、奥さんのお陰でサラダ菜と卵と牛乳の予定が、トマトと、ディニッシュパンだかいう、ただの食パンよりはちょっといい感じのパンまで仕入れる事に成功した。
帰り道のコンビニで、本来ならサラダと一緒に買う一袋もののドレッシング二十円だけを自費で調達し、急いで冷蔵庫に買い物を隠すと、何食わぬ顔をして帰り道の途中まで手ぶらで戻った。
そして練習が終わった連絡から到着時間を逆算し、この界隈では人気の弁当屋からご飯大盛りカラアゲ増量弁当と普通サイズを買うと、ビニル袋片手にアパートの前で泉を待った。
「おお! 美味いっていってた増量カラアゲ弁……」
まだ布団を掛けただけのコタツに腰を下ろすなり、目の前に置かれた弁当見た泉から感嘆の声が上がる。
蓋が持ち上がって隙間が覗くくらい詰められた鶏カラに感激したのか、弁当ばかりを見て、浜田の方へは目も上げないくらいだ。
さっそく蓋を開けて割り箸を裂く。
大きなカラアゲひとつを頬張ったところで、やっと向かいの弁当と大きさが違うことに気付いたのか、泉は口をもぐつかせながら鶏カラを二つばかり向かいに放り込んだ。
「明日誕生日なんだから、これは泉が食っちゃっていいんだって」
予算的な問題もあったけれど、たぶん分けてくれようとするだろう期待もあって、半分意図的に買ったサイズ違いの弁当は思ったとおりの仕事をこなしてくれた。
それだけで十分です。
とばかり、浜田はすっかり満足顔で積まれたカラアゲを元に戻す。
「へえ、食っちゃっていいの? この鶏カラんまいな!」
泉はカラアゲ弁当が誕生日プレゼントだとすっかり思い込んでいるようだ。
まともな自炊の形跡もない台所を見ると、普段、食生活には何かとケチをつけてくるのに、今日は何も言わずに喜んで弁当を摘んでいる。
後はとりあえず、29日になったらおめでとうとだけ言っておく。何もかも目論見どおりだ。
向かい側で、浜田はホクホクとお茶を啜っていた。
盛り付け――。
なんて上等な真似までは浜田にできないから、とりあえず皿一枚に洗ったサラダ菜を千切ってプチトマトを数個、転げないように置いた。
朝っぱらからこっそり起き出して、先ほどから支度に取り掛かっている。
牛乳の中にインスタントコーヒーを入れただけの、「カフェオレ」という小洒落た名前ではなく、「コーヒー牛乳」としか呼べない代物も出来上がった。
『加熱が終わりましたよ』とレンジが告げる音で起き上がってきた泉は、
「オッマエ、いータイミングで起きてくるなあ」
コンロの前で笑う浜田に、訝しげな顔をした。
ちょくちょく家には来るけれど、あまり台所という場所に浜田がいることがないものだから、自炊を薦めておきながら、なんとなく違和感があるみたいなのだ。
「なにしてんの?」
「誕生日プレゼントに朝メシ作ってやるワケよ」
「――。……い? 作るって何を!?」
聞くなり一体なにを食わされるのかと、泉はぎょっとした顔でコンロのところまで入り込んできた。
今まで料理と言って食わされたものが、茹でたパスタに調味料を振っただけのぺペロンチーノしかないのだ。警戒するのも無理はないだろう。
「なんで警戒すんだよ」
「するって警戒。するだろフツー……」
「ちょうど良いからそこで見てなさい。卵二個食うな?」
ボウル代わりの茶碗の前で左右の手に一つずつ卵を持つと、浜田は弾みをつけるように流しの角に両手を下ろした。
一瞬、『つぶれる!』と思った泉の予想に反して殻の中央に細い亀裂が入り、両手から茶碗へ、するりと二個分の中身が滑り込んだ。
「えーっ! オマエ片手で卵なんて割れんの!?」
どーだ見直したか。もう二つ卵を割り入れ、塩コショウを足して解しながら浜田は得意そうに言う。それから火に掛けたフライパンの上に、誰かがファミレスから都合してくれたバターを落とした。
熱がフライパンに伝わる間に割り箸五膳を割くと、泉がまた、三割くらい不審そうな顔に戻ってゆく。
「なにすんだそんなもの……」
「だからさ、まー見てなってば。ちょっと感動するかもよ」
割り箸を輪ゴムでパチンと綴じる頃には、バターの最後の一カケが溶けて、気泡の立つ中で泳ぎながら姿を消そうとしていた。
溶かしバターをフライパンへ馴染ませたところへ卵液を開け、浜田は割り箸の束でぐるぐると掻き回し始める。
感動するかもよ。なんて自分では言ってみたけれど、一度しか使えないプレゼントで上手く驚かせることができるのか。
内心気が気でなくなりながら、五周、十周、十五周と掻き回していく。
すると、割り箸に巻き取られるようにして、泉が段々フライパンの方を覗き込みだした。
さあ、どうかと見てみれば、目を皿のようにして光らせながら、中の変化をじっと見守っている。
上出来な反応。
フライパンの中の卵も上々な感じ。
割り箸の回りには喫茶店も顔負けの、ふわふわとクリーム状に固まりはじめた卵が纏わりついている。
「なにこれ! すっげーっ!!」
焦げ付きひとつない見事な黄色と歓声。これって結構完璧なんじゃない?
「はいよ。浜田家おかん直伝スクランブルエッグ」
これがはじめてのプレゼント。
高価なものをあげることなんてとてもできはしないけれど、心からのおめでとうを。
君が生まれたこの日に感謝をこめて。
夏/投/列/島/薬/局/
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