*とどかない
お題「瞳」改題
高1
遠村は泉のこと怖いんだって。
からかうように誰かがそう言った。
教室の入口をくぐりかけていた泉はきょとんとして、すぐ傍に立っていた遠村というクラスメイトを見る。
すると遠村は顔を火照らせ、泉に向かってものすごく困った顔をした。
「泉君、ごめんね。あの、違うから……」
遠村がそう、困窮して泣きそうな声で言いきると、それきりちょっと頭を下げるようにして俯いてしまったのは、授業の始まる少し前だった。
本人が違うというのだから違うんだろう。
怖いと言われるのは心外だったけれど、泉は取り立てて気にも留めずにそう考えた。
おう、とだけ返事して、いつもの顔ぶれが揃う一角へと戻る。
今一番近くに座っている、田島と、泉の席のある一角だ。
席替えで窓際の方へ追いやられた三橋も、その後ろの、一番離れた場所からやってきていた浜田もいる。
浜田はナニナニ? って顔で興味を持ち、うっかり当人を問質しそうにして席から立ち上がった田島を、「よしなさい」なんて親みたいな冗談交じりの口調で嗜めているところだった。
手のひらで田島の頭をぐんと押さえつけ、それをそのまま肘掛にして机に腰を下ろすと、
「あんま、引っ張ってやんな」
そう、浜田は声を落とし、顔をくしゃくしゃとさせて笑った。
「だって! トームラって今なんか、図星っぽい顔したぞ」
まだ物足りないという顔で田島は眉を寄せ、ヒソヒソと声を立てる。
なんだか悪戯の企みごとを相談する時みたいだ。
けれど、それには乗れず、前の席へと腰を下ろした泉は、まだきょとんとした顔のままで、そうか? と訊ね返した。
通りすがりに声を掛けられただけだから気を悪くした風もなく、そんなに興味も向かない様子だ。
「だよ。なんかオドオドしてたもん。オマエ女子びびらせんなよなぁ」
田島は歯の隙間から短く息を吐き出して、ニシシッと笑う。
「びびらせてねえよ? あんまり話らしい話したこともねえもん」
「じゃムゴンの圧力だな」
「掛けて、で、どうしようってんだ?」
「うーん」
きゅう、と眉間にしわを寄せ、田島が考え込む顔になる。
「じゃなんだよ」
「だから何でもねーんじゃね?」
「だってアレびびってンよ」
「オマエナー――しつっけえよ」
三分割くらいの割合で、どしどしと音を立てるみたいな調子で泉が半分瞼を下ろす。それにつれて難しい顔になった。語尾も少し、不服そうに強くなる。
上手く話題に参加できずいた三橋は二人の会話に追いつけなくて、「あぅ…」とか「おっ」とか先ほどから一音ずつ発していた。それもすぐ、波打つ語調に詰って暗礁へ乗り上げたのか、振り子みたいにゆれる頭はコトリと垂れて、それきり声も身動きも止まってしまう。
「まあ。ホドホドにしとけ。聞えたら遠村も気まずいだろうし」
浜田が頭を抑えたままの田島と、向き合って顔を突き出してきた泉の額を押し退ける。
両脇に分けられた二人はそれぞれ気の済まない顔と、面倒臭い顔をくいっと上げて見合ったままだ。
「ええ? 気になンのはオレだけぇ?」
オマエだけだよ。泉から言い返されて、田島は味方の欲しそうな顔で浜田を見上げた。
「オマエだけっぽいよ」
「なんで?」
「まあ、オレは遠村の『コワイ』も分かんなくはないし」
なんで!
泉は鸚鵡のように田島の台詞を繰り返す。
続けて「オレは人をビビらすような事はしてねえはずだぞ?」と吐くと、一度視線を上げた浜田は、遠村の注意が自分たちに向いていないことを確かめてから、気の毒そうに首を振った。
「遠村のは、そういうんじゃないからだよ。多分。泉が分かってあげなきゃいけない事でもないんだけどさ」
「なんだ――。はっきりしねえ言い方だな」
うやむやな物言いに知ったかぶりをしたよう思ったのか、元々あまり持ち合わせていなかった興味が急激に損なわれたのか。泉は溜め息一つで会話に終止符を打って机上に伏せると、それきり、雑談自体からすっぱり抜けてしまった。
浜田は萎えた風船みたいに長々と息を吐きながら、黙って毛先の適当に荒れた後頭部を見下ろす。
彼女の怖いは『泉』が怖いのではない。
「まあ」
それだけ、
「そんだけ」
怖いと自分で思ってしまうくらいに、
「見てるってコトっしょ? 泉を」
気付かれないようにと願いながら、気付かれない事に柔らかく傷みを受けながら。
それでも、目で追ってしまわずにはいられない。
泉は目を糸のように細めておざなりに浜田の方へと顔を向け、なんだそりゃ? という顔をした。
それをまたすぐ、授業開始までの寸暇を惜しんで腕の中へと仕舞いこんでしまう。
向けられた目には気付くこともなく。
夏/投/列/島/薬/局/
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