*convenience
2011バレンタイン。両好き仕様。
色とりどりのラッピングとこげ茶の組み合わせはデパートからパティスリー、果てはスーパー・コンビニまで広く展開し、この時期、いったい日本の国土に何トンのチョコレートが積まれているんだろうなんて、下らない事を誰かにふと考えさせたりする。
高校の近くにあるコンビニも、調達を手軽に済ませる派だとか、用意を忘れたまま当日を迎えるウッカリ層をあてにして、中々の品ぞろえを披露していた。
ただ野球部にとってはチョコレートの特設コーナーより、帰宅時間にもう少しパンやオニギリの在庫を充実させてほしい。というのが本音だ。
補充するタイミングの直前に当たるのか、帰宅時間の店内ではなかなか予算と好みを尊重した食料の調達が難しい。
「この棚のスペース……アッチに充てて欲しくね?」
「なーにぶつくさ言ってんだ田島。買うもんなくなっちまうぜ?」
レジ正面の棚で腕組みをしていた田島の目が泉の握る菓子パンに落ちると同時に、三橋が飛び上がるようにしてパンコーナーへと駆けだした。
雑誌に気を取られていた花井が、脇をすり抜けていく三橋にわっと声を上げる。
「三橋! 走っても変わんね――」
「あぶっねーだろっ! 走んなコラ三橋っ!! オマエがケガしたらどうすんだよ!!」
花井の声に半分被る毎度の剣幕。それもすぐ耳元での大音量に圧されて、バレンタインコーナーの泉と田島が首をぐっと竦める。
ヘッドホンから流れる音楽越しに罵声を聞いたからか、花井の奥にいた水谷がぽかんと口を半開きにして振り向いた。
三橋はびたっと体を固めたままで、店内に散っていた他の部員は阿部に顔を向け、揃って苦笑いを浮かべている。
周囲の反応をさすがに気まずく思ったのか、阿部は傍にいた泉と田島の方へ眼を逸らすと、ごてごてとハートを盛り上げた棚の上にそれを移した。
「オマエら、なに物欲しげに見てんの」
「ちげえ。オレは田島んトコに来ただけ」
「オレはココをチョコよりパンコーナーにすりゃいいのにって見てただけ」
んなっ!
ぴったりと呼吸の合った返事をすると、泉は半眼になって阿部を睨んだ。
間をおいて、はぁっと白けた息を吐く。
1対の目が、それはオマエじゃねーのかと言外に言っているようだ。阿部は図星を差された思いで憮然と口の両端を下げた。
この会話からまさか周囲の誰も――、泉のすぐ横にいる、稀におそろしい勘の良さを発揮する田島でさえ、どことなくチクチクととげの生えたような応酬の裏に阿部がそんな本音を抱えているなんて気付いたりしないだろう。
だいたい当の泉が、自分に期待を持たれているかも、なんて事に頓着しないだろう。
とはいえ、ちょっとばかり他の連中と違う思い入れを持つ相手には、阿部もそれなりの淡い期待をしてしまうのだった。
もちろんそんな素振りはおくびにも出さない。
「なにチョコに反応してんだ阿部。今から誰にも貰えねー心配?」
「そんな心配しねえよ」
「あ、そう――」
返事などどうでもいいという顔で泉は片眉を上げ、尻ポケットから財布を抜きだした。
思った通りの反応だ。
別に、バレンタインシーズンの思春期男子が夢見る可愛い女子よろしく、小首を傾げて「これ(はあと)阿部に(はあと)」みたいな泉から戦利品をせしめたいとは阿部とて思わない。
どころか、そんな全然キャラの違うニセ泉が出没しようものなら、受けた衝撃に身を任せ、体温計を口に突き刺して病院へ引きずって行きかねないだろう。
阿部にとって理想的なのはこうだ。
何かのついで。みたいなノリで、素っ気なくチロルあたりをポイと泉が寄越してくれたらいい。
ならばこちらも「バレンタインのチョコげっとぉおぉぉぉうぉぉおおおぅおっ!!!」なんて過剰反応はせず、さらっと受取り、人目に付かないところでニヤッと戦利品に喜びを噛み締めていられる。「人目につかない〜」がこれ重要と、ずいぶん注文とシチュエーションの指定が細かい。
くれたらいいな、程度の可愛い遠慮はない。
がめついくらい具体的なイメージは、まあ、そっくりそのまま運ぶわけがないが、阿部にしてみれば配球の組み立てに比べ、こんなのは細かいうちに入らないのだろう。
阿部が当日の理想パターンを頭に巡らせていると、その微妙な沈黙に田島がぱちくりと目を瞬かせる。
「なんで! 食えるんだったら貰えた方がいーじゃん! 阿部ってチョコ嫌いなのか!?」
沈黙を興味の薄さと感じたのか、田島はわっと声を上げた。
その間に泉は会話から外れて小銭入れの中を確かめ、田島と阿部の間から抜け出しレジへと踵を返す。
「え? いや――」
泉の動きに気を取られた阿部は、慌てて棚の中ほどにあるチョコのパッケージを指差した。
ここで田島に「阿部はチョコ嫌い」と判定されると泉の行動に影響を及ぼしてしまいそうだからだ。
それはまずいと声と目が、レジに向かう泉を追い掛けた。
「こういう黒っぽい色のヤツなんかは好きで……食うし……っ!」
このタイミングでチョコ嫌いの誤解を与えるのは、どう転んでも得にならない。
「泉っ、気を付けろよ! 阿部がオマエの財布狙ってんぞ」
おそろしく正確に確信を突いているけれど、ものすごく語弊を招く田島の一言に阿部は目を白黒させた。
(田島っ!! なんでオマエはそうなんだ!?)
「なに阿部、今頃から金欠? 貸してやるけど利子高いぜ」
「いらねーよ!」
(いらねえのは借りる借りないの話で、明日の事じゃねーぞ)
言葉通り受け取ったらしい泉に消沈する阿部の気も知らず、泉は至って真面目に財布の中を拡げ、二人に所持金を披露するのだった。
――14日。
朝連が終了すると、皆心なしかそわそわとして校舎へ向かい、それとなく脱靴場で自分の靴箱を注意深く眺めてみたり、いつもより早い歩調で教室へと消えていった。
授業の合間の小休止、昼休みと、どこからともなく聞こえてくる誰かの獲得個数の実況を右から左へ聞き流して半日が過ぎていく。
放課後は完璧な仕込みを行い、予測に従って入れ物を用意した通りの義理……というか、ノリで集まったチョコでビニル袋をパンパンに張らしてご満悦の田島を先頭に、最後尾は朝イチにマネジから配られたチョコでうっとり昇天したままの水谷がふわふわと遅れて付いてくる状態でグラウンドへ舞い戻り、いつも通りに練習をこなして終了。
今日も日課のコンビニに寄り、自宅までの燃料補給と一日の成果報告会を終え、さあ解散という時間になっていた。
鞄の中でゴソゴソとぶつかる紙箱の音を聞きながら、阿部は駐車場の隅で神経をピンと張り、じっと耳を欹てていた。
かれこれ、朝から十数時間この状態なのだ。
頭の中で何度も繰り返した声音で、自分が名前を呼ばれるのをひたすら待っていた。
「みんな食い終わったか? 遅くなったしそろそろ帰るぞ!」
帰宅を促す花井の声が、聴き耳を立て、石像のように固まっていた阿部をゴツンとぶった。
慌てて目を遣ると、花井と同じ帰宅方面の泉は、自転車のスタンドを今にも蹴りあげようとしているではないか。
つんのめるようになりながら、阿部は泉の上着を掴んだ。
「っひゃっ!?」
奇妙な声を漏らしながら、泉の背がぐんと反る。
低く下がった泉の頭越しに、沖や巣山を先に行かせていた花井が怪訝な顔で振り向くのが見えた。
「泉? 帰んねえの?」
「すぐ追いつく!」
代わりに返事をする阿部を泉が解せない顔で見上げていたが、花井はそれに訝ることもなく、了承して巣山達の後を追いかけて自転車に跨ったのだった。
ばらばらと部員が解散した駐車場は、ひっそりとして、急に寒さが増したみたいだ。
「――なんだよ」
ぶるっと身震いしながら姿勢を直した泉が向き直った。
阿部は難しい顔で口を引き結び、まっすぐ指を揃えた手のひらを空へ向けて泉の鳩尾の高さに差し出している。
「は?」
お互いの眉間に薄く皺が寄る。意思の疎通が図れないことに苛立って、それがみるみる深くなった。
「はあ? なんだよこの空っぽの手は」
阿部が苦々しく下唇を引き、噛み合わせた歯をのぞかせた。
「……いい。なんでもない」
気付いてもらえない事に阿部が渋々手を引いたところでやっと、泉が目を見開く。
遅まきながらチョコの催促なのだと気付いた。
「あっ! そういうコト!? いやでもなんでオレが?」
「なんでって――。え? なんで……って、ちょっと待てよ、それどういう『なんで』だよ?」
「だってオレ、ふつう貰う方じゃん。なんで買う方に回るんだよ」
貰う方という言葉が阿部の耳に着地すると、泉の表情を真似るように阿部の目がゆっくり最大に見開かれた。
「……泉が……そういう考えに行くとは……予想してなかった」
「そりゃ気が会うな。オレもだよ」
噛み付きそうな目で凝視してくる阿部から目を逸らし、泉は鼻から長々と息を吐く。
視線の先の縁石をしばらく眺め、ふっと苦笑うと顔を上げた。
「――ものすごく気が進まねーんだけど、コンビニ戻る?」
調達を手軽に済ませる派だとか、用意を忘れたまま当日を迎えるウッカリ層をあてにしていたコンビニのバレンタインコーナー前に並んで立つ2人組に、背後から売り上げを期待する店員の視線がそれとなく注がれた。
この様子だと、最低でも1人1つずつは買ってくれそうだ。
中々の売れ行きに気を良くした店員の視線には、「どうです! こんな時にコンビニ便利でしょ?」と、遠慮がちながらもどこか誇ったような雰囲気があった。
「どれ?」
なんとなく交換という流れになって阿部が希望を訊くと、泉は昨日とさほど変わらない興味のない声でどれでもいいと返しながら、棚が空いて崩れた商品を掻きまわしていたが、
「便利がいいのも考えものだな」
駐車場とは比べ物にならないぐらい盛大な苦笑いを浮かべ、下敷きになっていたブラックチョコを掴むと、さっさとレジへと退散していった。
夏/投/列/島/薬/局/
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