『今どこ? こっちはさっき到着したから場所送っとくね。本部と鉄橋の中間ぐらい。駅から来たら簡易トイレより右の通路を降りるといいよ。あとさ、阿部、泉、田島、三橋といないんだけど、誰か一緒かな?』
先発隊の到着を知ったのは、押し流されるように改札を出てからだ。手で逆上せた顔を扇ぎ、傍で補充作業中の自動販売機を恨めしそうに眺めながら着信を確認すると、どちらの携帯にも栄口からメールが入っている。
「阿部、ついでにオレもいるって返信よろしく」
「なにオマエ、そんなにバテてんの?」
「違っげ。一緒にいるヤツがお互い返したらウザイだろ」
とは強がったものの、泉は心底くたびれたという顔を取り繕いもしなかった。せめて阿部の送信を待つ間、左右へと目をやり、黒々とした周囲の人並みの中に知った姿がないかと探す。
ざっと見渡せる範囲だけでも、周囲には百人を軽く数える人出がある。同じ列車に乗っているわけでもない連中が、そんなに都合よく見つけられるわけもない。
一定だった人の流れも、列車が到着を重ねるたびに少しずつ速くなってきている。開始時間が迫っていた。
進むごとに道の両端に増える屋台へは目もくれず、左右並んだ側を分担して田島と三橋を探しながら、二人は現地へと急いだ。
「いるか?」
「いねーな。もっと前のほうにいんじゃねえの? アイツらの方が早く着いてんだろ? 栄口達と一緒の列車に乗ってたんなら、こんなトコにはいねえよ」
道行は色とりどりの暖簾の上に、黄色い業務用ライトが煌々と光を放ち、人の影を濃く地面に溜めている。空はまだ薄明るいのに足元はとっぷり暮れた夜の色をしていて、ここで逸れた人間を見つけようとするのは難しく思えた。
終始背後から出てこないのを不思議に思って後ろを盗み見ると、泉は要領よく阿部を盾に使って人波を避け、人探し半分、出店の冷やかし半分。視界に入るものを、面白そうに目で追っている。
「後どんくらいで着く?」
前方の人集りに目を向けながら、嬉々として泉が訊ねた。
車中、参っていたのが嘘みたいだ。
「先の方に土手が見えるだろ。あの先」
「おお! あれな! 分かった」
到着地点が見えてほっとした声を上げながら、泉は終点が見え始めた出店の列を名残惜しそうに眺め直す。
人の流れが、また少し速くなった。
スピーカーから曇った本部放送の声が聞えてくる。
人波に紛れて土手を上りきり、仲間を探そうと会場の広さを見渡した時だ。
広い川の上空に光の花が一斉に咲いた。
その近さに、思わず息を呑む。
どおん。
光源の少ない河川敷から一斉に歓声が沸いた。一緒に仕込まれた号砲の振動が川原の地中を這って消えると、続いて十尺玉が豪快に上る。
光の尾を引いて白い閃光が弾け、入れ替わるように銀の火花がちらちらと瞬く。
一つ、また一つと上っていく。
最初の振動が抜けきると、阿部の鼻先に、ツンとした痛みが残った。
手が届くかと思うほど、近く大きく上る花火に圧倒されながら、その中に、早くも夏が終る気配を感じて感傷的になる。終わりを惜しむ気持ちと後悔と、残された時間への焦りと決意が複雑に入り混じった。
「すっげーっ!」
泉が歓声を上げた。一発目によほど目を奪われたのだろうか、ずいぶん遅い反応だ。
タイミングのずれた声を聞きつけ、両親に手を引かれて傍を歩いていた小さな子供が泉を振り返る。
子供は声の主を見るなり、花火に気を取られる当人の喜びようが映ったみたいにぱっと笑顔を深めたかと思うと、両親の手にぶら下がるようにして飛び跳ねながら河川敷へと下っていく。
足場を気に掛ける、母親の注意の声が聞えてきた。
阿部はどこか所在無く思いながら一行が紛れるまで見届け、それからまた、歓声を上げ、無心に空を見つめる泉へと目を向けた。
些細な物思いに煩わされることなど泉には無縁であるのか、無心と言い表した言葉どおり夜空にいくつも上る花火へすっかり心を奪われている。
隣人の感傷なんてお構いなしだ。
大きく目を見開いて、夜空に現れては消える無数の光を追う。その、白や金の光を映す目がふいに阿部へと向けられた。
「阿部さあ、ぼーっとしてないで、ちゃんと見とけよ」
泉はやけにきっぱりとした声で言うと、くいと親指を反らして空を指す。
「来年の今ごろはオレら、こんなもん。見てらんねーぞ」
戸田橋花火大会は毎年八月。大体は一週目の土曜に開催される。この頃は、予選を勝ち進んだ甲子園出場校が移動を開始する時期に近い。
「そうだろ? 何惚けてんだよ」
来年という言葉に阿部はゆっくりと目を瞬き、泉をまじまじと見る。
空を染める火花の色が変わり、周囲からまた歓声が沸き起こった。新しい仕掛け花火が上ったのだ。
「来年の今ごろはさ、オレら甲子園行ってんだろ」
何気ない雑談のように、けれど、打ち上げの音に紛れることなく言い切ると、泉はもう一度、からりと笑って空を見上げる。
胸のすくような笑顔だった。
end
夏/投/列/島/薬/局/
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