*TrainTrain
お題「たれ○○(任意)」改題
昼休み、音楽室と美術室と、それぞれの準備室が並ぶ前の廊下を通ると、階段の上の方からゆらりと熱気が降りてきた。
一階に、それとは数えない倉庫があって実質五階ではあったけれど、ここは校舎の四階で、階段の上はもう屋上だ。
熔け降りてくる熱気は、その扉が開いていることを教えていた。
自分の居場所を好きに選ぶことができるなら、今の時期絶対に避けてしまう夏の暑さ。それもずっと日陰で過ごしていれば、その出所を確かめに、足を向けてしまうこともあった。
この熱い盛夏に屋上の扉が開いていることが不思議にも感じて、冷えた校舎の階段を踏み上がっていく。階段の中ほどではもう、冷ややかさは熱気に荒っぽく掻き消されて、まるで実態があるみたいな、むっと息苦しい塊になって出口付近を埋めていた。
扉はすきま程度に開いて、細い縦の線から差す光が日陰にぎらぎらと脈打ち空間を切り分けている。
ドアノブも切りつけられた熱で戸外の領域に呑まれ、手のひらを焼くようで、阿部は手を浮かすように引っ掛けてそれを開いた。
夏の屋上は真っ青と、ほとんど白の灰色と、一帯の空間を震わす蝉時雨の三つから構成された世界で、その先、空間の幾分高い場所にはぽつんと人工的な黒が浮いていた。
落下防止のため、高さの二メートル以上もあるフェンスの上。引っかかったみたいにぶら下がる黒い塊は目を凝らせば下に、薄茶のハーフパンツと二本の足と、底に赤い線の入ったスニーカーをぶら下げていて、上にはやっぱり真っ黒い頭を、頂上にまるく日光を反射させて乗せていた。
「何してんだよ。んな所でぶら下がってると落ちるぞ」
脇のところをフェンスに引っ掛けていたからか、声の方に向ききれず、ぶら下がった体は左右へと揺れた。そのまま流れるような動きでフェンスの外に伸ばした手を金網に目一杯握りこませると、前にずり落ちるみたいに身を乗り出した泉の、逆さを向いた顔がやっと覗く。
「おう、阿部じゃん」
「『おう、阿部じゃん』じゃねえよ。危ないから降りろって」
副将に言いつけられたことを守って網に引っ掛けていたスニーカーが宙に浮くと、体がずり下がってくる。それは地上十五センチくらいのところで一旦完全に空間に離れ、トン、と軽い音を立てて着地した。
「今日も熱ちーなあ」
顔の輪郭に沿って汗で髪を湿らせた泉はそう言いながら、またフェンスに目をやる。
「熱ちーってヤツがこんな所で何してんだよ」
ん? と訊ね返す素振りで眉を上げ、泉は敷地の一角を指差した。
青々と茂る木々の隙間から、車座になった数人の人影が見える。近くの枝同士に渡されている白い横断幕も覗いていた。
「あれ、応援団か?」
「最近昼に居ねえからさ、何してんのかと思えば、ああして集まってたみてーなんだよな」
目を凝らすまでもなく判る浜田の姿と、梶山と梅原と、吹奏楽部有志の姿。緩い風に乗って、一本では音を作る振動が目立ち、哀愁の漂うペットの音が風で半分押し流されそうになりながら、屋上まで届けられる。
あれ、吹奏楽部の練習時間外すために昼集まってんだってさ。
大太鼓の人から聞いたのだと言う泉と、試合中、何度となく支えてくれたペットの音を耳で拾い、阿部は熱心に頭を寄せ合う人の輪を神妙な顔つきで見た。
夏に大会が控えているのはどの部も同じだ。現に、練習時間を外すとは言っても、足元から昼の自主練に励むバチの音がコンクリの壁を駆け上がってきている。もう間もなく、木管や、金管や打楽器が、まばらな音を重ねだして、屋上の真下から蝉の声に対抗するほどの音を上げ出すはずだった。
「頑張らないとな」
そう呟くと、「なに今頃改まってんの、オレらそんなのとっくに決めてんだろ?」泉は珍しいものでも見るような顔で阿部を一瞥すると、また視線を足下へと向けた。
「とっくに決めてんだけど。限界超えて突き抜けちまうまで頑張ろうって思うな」
「それはいいけど、その前に精根使い果たして潰れんなよ。オマエ足元の飯、腹に入れる時間なくなるぜ」
指で指された白いビニル袋に手を伸ばそうと背を丸めた泉とは反対に、背筋を伸ばして阿部が見上げた空は、それこそ突き抜けるように青く、高く広い。
空の広大さを、目指す頂のイメージとして改めて強く焼き付けようと目を凝らした真っ青な広がりに、たった一本きりの演奏が躊躇いなく高みへ飛び込んだ。
夏/投/列/島/薬/局/
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