*プレゼントは「約束」
2008千代誕
2009年本誌展開とずれがあります
午前中の練習も終わろうかというころ。
仕事が一段落したから何分かな? なんて時間が気になって、千代はベンチの上に放り出したままの携帯を見た。でも、外側のディスプレイには、メール受信を知らせるおおきな封筒マークが邪魔をして、時間なんて表示されていない。
取り上げてそれを開き、45分と確認してから何気なくメールを開く。
おめでとう! おめでとう! おめでとう!
中学の友達からも高校の友達からもだ。
千代の誕生日を祝うために届いたたくさんのメールが目に飛び込んでくる。
これはもう、ちょっとかなりの感動。
千代は蕩けるみたいなしまりない笑顔になってしまう。
「篠岡すげーニヤついてんぞ」
背後から突然の声にびっくりして、思わず両手で携帯を捧げ出すように放り投げかけた。つるりと手を滑り出しそうになったのを、土埃を付けた手が後ろから伸びて止めてくれる。
「あ、と、悪いメール見えた」
ちょっと慌てたように携帯を畳んで、ディスプレイを視界から外した泉が申し訳無さそうな顔をしたから、千代は緩んだまま頬が遠心力で伸びるんじゃないかというくらい思い切り首を横に振った。
「篠岡って今日誕生日? おめでと」
今度はやっぱり頬が振り回されるくらい縦に首を振る。一緒にありがとうを言おうとしたら、頭に口が振り回されてあわあわと変な声が漏れた。
マネージャーは部員の情報をよく知っているけど、男子ばかりの部でその逆はない。
だから今のおめでとうはすごく特別で貴重なおめでとう。
そして今日初めてもらった直接のおめでとう。
両頬から湯気が立つくらいうれしいおめでとうだ。
思いがけず一番最初に言葉を贈ってくれることになった泉を、千代は半分放心したように見つめた。
『誕生日といえばプレゼント』と頭で結びつけたのか、泉は千代の隣できょろきょろ周囲を見回しながら、何か探すように両手で練習着のあちこちを押さえていた。
けれど、すぐに観念したみたいに手を下ろす。
「やっぱなんもねえな――篠岡」
「はい?」
「メモと書くもんある?」
何に使うんだろう? 千代は疑問に思いながら、荷物の中からスケジュール帳を渡した。相手は泉だ。誕生日のメッセージでも書いてくれるなんてことは考え難い。
泉は千代に断ってスケジュール帳のメモをミシン目に沿って千切ると、ベンチを机代わりにして何やら書き始め、すぐに「はい」とペンごと差し出した。
「プレゼント」
千代はペンの下敷きになっているメモに目を落とす。
『第90回全国高校野球選手権大会出場券』
権利の『権』じゃなくて、お買い物券の『券』
小学生がお母さんによくあげるのと同じプレゼント。
使ったら、券に書いてあることを叶えてあげるよっていうプレゼント。
千代の手が、思わず震えた。
どうしよう――。
くたくたと膝を折って地面に座り込んだ千代は、突然こみ上げたものを我慢できずに「ずっ」と鼻を啜る。肩が震えていたから、笑ったのかと思っていた泉が音に驚いて顔を覗き込めば、ペンとメモを指が真っ白になるくらい握り締めて、千代はぼろぼろと涙をこぼしていた。
「え――篠岡?」
泉は慌てて肩に置こうとした手を宙で止めた。女の子に、迂闊に触ることには気が退けた。どう扱っていいのか分からなくてうろたえる泉の仕草にも当てられてしまって、千代はただもう涙を止めることができない。
男の子だなあって。胸がいっぱいで、苦しくなるくらい強く感じてしまう。
「あーっ! 泉が篠岡泣かしてるーっ!」
「ばっ……田島っ! やめろバカっ!」
いつの間に近くまで来ていたのか、突然背後で聞えた声に焦った泉は顔を振って田島を追い払うと、千代の耳を塞ぐみたいに頭を両手で被った。
土の匂い、かさついて、少し大きくてしっかりとした、色んなものを守るためにある男の子の手だ。
千代は両手を泉の片方の手首に掛けると、外れた手のひらに『第90回全国高校野球選手権大会出場券』を押し込んだ。
「すっ……ずずっ……ょ……しく――よろしくおねがいします」
「おお。なんか顔拭くもん持って来るから、篠岡、ちょっと手離して」
しかと承りましたとばかりの力強い返事、その後に続いたのはほっとしたような泉の声だった。
戻るまで顔を隠していられるように、被っていた帽子を千代の頭にぐいと被せると泉は腰を上げた。
少し離れたところで荷物を掻きまわす音が聞え始める。
汗と体温を含んだ帽子からは、持ち主のちょっと優しい匂いがした。
夏/投/列/島/薬/局/
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