*smileflower
7v8+8v7様より企画終了後に帰宅。元のお題は【告白】
「教室ん中、めっちゃくちゃ暑くない?」
「いや、グラウンドの方が数倍暑……って、オマエ、部室行かねえの?」
日直日誌を粗方書き上げた泉が顔を上げると、向かいの席に座り込んで、机の上にだらりと頭を乗せていた水谷が目だけをちらりと上向かせた。
今日の暑さはジンジョウじゃないってのに、なんでそんなコト言うの?
そう、泉より少しばかり明るい色の目は、恨みがましそうに髪の間から覗いて言っている。
「阿部や花井が移動しはじめたのを見て、ここに避難してきたわけか?」
そうそう。
水谷はくたりと机に伏せたまま頭を揺らした。日誌と机の隙間に冷えた場所を見つけると、僅かな涼さえ逃がすまいと、手を差し入れてくる。
そして、はあ、と満足そうに息を吐きながら、なおも冷えた場所を求めて日誌の下をがさごそと漁るのだ。
しばらくは書き辛いところを黙っていた泉も、書いている場所の直下にまで侵入される段に至ると我慢がならなくなったのか、日誌を一旦持ち上げて、バシリ、と音を立てて机上の手を打った。
「終わんねえだろ」
「終わったら泉部室行っちゃうじゃん」
「そりゃ行くよ」
「オレが一人でこの教室いたら変じゃん」
「自分の教室に戻れば?」
「今更イヤですー」
「なんで」
「そりゃ」
水谷はつまらなそうな顔になると、「放課後の教室に一人ぼっちでダレてんのってコドクすぎだもんね」と不服を唱えた。
ブロックするみたいに机上を撫でる水谷を、泉は呆れた顔でしばらく見下ろしていた。けれど、そのうち付き合い切れなくなったのか、水谷を抱え込むようにして日誌を頭の上に乗せ、ぐらぐらと安定の悪い曲線の上で最後まで無理矢理書き上げてしまう。
「おーし、オワリ。ウダってねえで部室行くぞ」
言いながら、被せた日誌で少し乱暴に水谷の頭をこすると、手の下からは呻くみたいな悲鳴が上がった。
仕事の邪魔をした闖入者に軽く報復を果たした泉は、にやにやと口の端を引き上げて、乱れた髪を梳きながらふくれっ面で起き上がってくる水谷を待つ。
泉が教室に残る理由もなくなったのだと認めた水谷は、傍らに落としていた鞄のベルトを額に引っ掛けると、不承不承、ようやく諦めたように立ち上がった。
日誌と出席簿を返すため、教室を後にした二人は脱靴場とは逆の方向へ廊下を進んだ。
職員室を一旦迂回するコースを取り、部室へと向かう。
硬い空き箱みたいな廊下を抜けて踊り場をいくつか下りた先。目的地の職員室は、ちょうど校舎の外周を取り囲む木々と同じ高さだ。
到着してみると、まるで壁も窓枠もすっかり取っ払われているかのような大音量で、蝉の声がわんわん耳鳴りのように鳴るものだから、教室なんかよりもずっと酷い有様だった。
普段、職員室に置かれている扇風機を見ると、「先生ずりぃ」と僻まずにはいられないけれど、さすがにこの体感温度には同情させられる。
9組のトレイに日誌を戻して両手の開いた泉も、これには堪らず、うるさそうに耳の穴をぎゅっと指で塞いで顔を顰めた。
「ああ! セミの声聞くと八割増に暑くなるよなあ」
「やっと分かってくれたのかー」
そう嘆くと、多分今日一日通して泉が唯一理解者みたいな反応をしたのか、水谷が心の底からみたいな喜びようを示したものだから、仕方ない、と泉も苦笑いを浮かべた。
「まあ、ね」
憎めないな、と、そう思ってしまうのだ。
水谷はわり合い考えなしに喋るほうで、時々、花井や栄口が気を揉むくらいのビックリ発言をしてしまうこともあるけれど、それが彼の、少々能天気に見えなくもないキャラクターに馴染んでいるのか、大概何かしでかしても「しょーがねえヤツ」と、周囲から笑って済ませられてしまう事が多い。
泉は水谷の、そんな大らかなところが気に入っているし、実際、水谷とは部員の中でもかなり気が合う方だと思っている。
「涼みたいよなー、コンビニとか、アイスなんか食いてえ――」
「職員室の扇風機で我慢しろよ」
「すぐ追い払われるし。なあなあ泉、ダメ? コンビニ」
今から? 返すものだけ返し、逃げ出すように脱靴場までやってきた泉は背後を振り向いて、水谷の意思を確認した。
水谷は、もうすっかり冷房の効いた店内で生き返るのを期待した顔で、本気で寄ろうと言っているのだという意気込みを全面に滲ませて、泉の後からついてきている。
「寄んの? 間に合うけど、行って帰ってくるほうがぜってー暑いって」
「それでもいい、オレは一時の涼しさが欲しいよ」
「今日って練習無いんだし帰りのほうが良くね? そのぐらいになれば道に影ができんだろ」
「かもしんないけどさあ」
水谷は誘いに乗ってこない泉にふて腐れた顔をして、だらだらと、それでもやっぱり勝手な方向へ道をそれることなく泉の後ろを着いて歩く。
部室へ行く道すがらの自転車置き場に出てみると、泉が言うようにどこも影が極端に短くて、人も建物も自転車も、それぞれ、自分の直下だけに現れた黒い敷物の上に狭そうに佇んでいた。
真ん中を少し越えた辺りにスタンドまではみ出た自転車を見つけると、泉はもう一度、背後を振り返る。
後ろから熱気に半分溶かされたみたいになって、とぼとぼと、そんな風に歩いたら余計陽射しに曝されて暑いだろうに、水谷が足を引き摺って歩いてくる。
ひどいよ泉――。すんごい暑いよ、コンビニ行こうよ。
全身から恨み節をゆらりと立ち昇らせて、でも、水谷は泉を睨むこともなく眩しそうに目を細く閉じ、ただ残念そうに肩を落としていた。
「大げさなヤツだなあ、1時間程度我慢できねえの?」
「だってさー……、今この瞬間が暑いってのに――」
言い終わる前に聞えた金属音に、水谷がゆっくりと瞼を上げた。
暑さで映像がぶれたみたいにして、自転車が乱雑に重なって並ぶ視界の真ん中。泉が塊の中から見覚えのある一台を引っぱっている。
ハンドルのところを掴まれ、左右の自転車との噛み合いを外すように揺らされていた自転車が、ジワジワと小さなゴムの音を地面で立てながら通路へ引き出されてきた。
泉は無駄のない動きで鞄をカゴに入れてサドルに跨ると、体を捻って振り向き、やっぱり眩しいのか半眼になって水谷に手招きをする。
「後ろ乗れよ、オマエ漕ぐの遅いだろ」
「え?」
「コ・ン・ビ・ニ! 行かなきゃ気が済まねえんだろ?」
少し間を置いて、水谷は弾かれたように数歩の距離を駆けて自転車の荷台に乗る。
すぐにぐっとペダルを踏み降ろす力が加わって、泉と水谷を乗せた自転車は緩い傾斜をスロープの方へ向かって進み出した。
一瞬走っただけで噴出しそうになった汗が、スロープの滑らかな加速で生まれる風に、あと一寸のところで宥められる。
暑さ増幅装置みたいな蝉を大量に飼っている桜並木の下を通っていても、自転車に乗っているとその暑さはどこか他人ごとみたいに感じられるのが不思議だった。
それでもその鳴き声は、むやみやたらと大きくて、相変わらず煩わしい音なのだけれど――。
「何買う?」
「やっぱアイスかなー、緊急冷却ってトコで。ああ、でもさ、あれも気になるね、フレーバーウォーター」
「レモンのヤツか? あれ、うめえけど高っけーよ」
希望が叶ってすっかり元気を取り戻した水谷のはしゃいだ声と、それに釣られたみたいな泉の声が風に乗って後方へと飛んでいく。
鉄板の上みたいなアスファルトと、ゆらゆら揺れて立ち上る熱気の向こうの目指す緑の看板と、大きく波打ってシャツが孕む風と太陽の光。
目的地の冷房にたどり着いたときの感動をこれ以上ないくらい完璧にプロデュースしてくれる道のりは、木陰を出た今も、嫌っていたはずの暑さが返って心地好いくらいだ。
「それにしてもマジで今日は暑いよねー」
「セミもうるせーしなー」
「セミの声ってさあ、なんか空気が沸騰して泡立ってる音みたいじゃん?」
「えー? 鶏カラ揚げてるときみたいな音じゃね?」
「泉ぃー、その発想暑苦しーよ」
「よく言うぜ、熱湯と油なんて似たようもんだろ」
「じゃあ炭酸でいいや。振って開けたときのジュワジュワって音――」
自転車が道路沿いに一本だけ離れて立つ桜の下を抜けてしまうと、コンビニの駐車スペースはもう近い。
「オレ食うもん決めた」
「オレもー」
「ソーダアイス?」「オレもー」炭酸から連想して、きっと同じ物を思い浮かべたのだ。
そう、思ったとおりの返事に泉は笑いながら、二人して決めた【食うもん】の姿を頭の中に描いた。
薄みず色の四角い塊に木の棒が二本付いて半分に割れるヤツ――。
きっと同じものが水谷の頭の中には入ってる。
水谷とは部員の中でも気の合う方だと思っている。
細かいところは気にしないらしい性格も、些細な気持ちの動きを素直に見せるところも。
泉は水谷の、そんな大らかなところが気に入っている。
水谷が楽しそうにしていると嬉しいし、一緒に居て、笑ってるところを見ているのは好きだし。
そんなところをいつも見られていたらいいなと思うし。
こうして気に入ってる、から、なんだかコイツが好だなと思うことへ、自然な起伏で気持ちが変化していくところなんかもいいなと思うのだ。
(あれ?)
駐車スペースのアルファルトに自転車を止め、泉は後ろを振り向いた。
新しい発見にまるく見開いた目が映すのは、多分、やっぱりソーダアイスを頭に思い描いているらしい、満面の笑みを湛えた水谷。
「なんかオレ、思ってたよりずっと水谷が好きみてえ」
気の向くように言葉を口にする水谷に倣って思いついたまま言ってみると、「マジで? あんがとー」水谷は嬉しそうに笑った。
「なんで嬉しそうなんだよ、ソーダアイス奢るとか言ってねえぞ」
水谷は通じているのかいないのか、分からない調子でうんうんと頷きながら、やっぱりご満悦な様子で笑ったままだった。
けれど、他の客が開けた扉からさっと流れ出た涼気に撫でられて、アレ? という顔になる。
「え? あれ?」
「アタマ回ったかー? 起きてるかー? とりあえずソーダアイス食ってみっか?」
ちょっとぽかんとした顔をして、さっきよりは幾分緩やかにうんうん頷く水谷の横で泉が自転車のスタンドを立てていると、
「あんがとー」
これもまた、さっきより幾分おっとりと緩んだ声がした。
顔を上げれば水谷は笑顔のままで、少しはにかんだ色を滲ませて立っていた。そしてカゴから鞄を取り出して肩に掛け、泉がコンビニのドアに近付くと嬉しそうに近付いて来る。
水谷は、些細な気持ちの動きを素直に見せてくれるから、この笑顔は多分きっと、
同じ言葉が水谷の頭の中に入っている。
夏/投/列/島/薬/局/
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