*surprised attack
同時発生イズアベ注意報さま(2008/08/02)参加分
「untitled」改題
9組というところは、それがクラス自体のカラーだとは思わないけれど、何かしら、ざわざわとした印象のあるクラスだ。
良く言えば『活気がある』ということになるのだろうが、とにかく落ち着きのない雰囲気が教室の所々には垣間見えた。
花井や水谷と阿部が連れ立って理科室から帰る途中、通りかかった廊下と教室を隔てる窓からは、見覚え、聞き覚えのある声と身なりの連中が、一体何をしているのか、中で軽く一騒ぎを起している。
花井が教科書片手に何事かと覗き込むと、騒ぎの一端を担っているらしい浜田と目が合った。
浜田は困った顔で花井に片手を上げ、挨拶を寄越す。
「ナニしてんスか? 外まで聞えてんだけど」
「ああ、花井。……やー、なんつーか田島がさあ」
ばつの悪い顔で笑う浜田の後ろでは、「田島がさあ」の、当の本人がカラリと笑いながら、「あ! ハナイアベミズタニー!」と全員の名前を一続きに並べ、両手を振っている。
「オマエらも貸してやんぜ! オレのお宝、ディー! ヴィー! ディー!」
「だぁーから田島。オマエ声でけえんだよ――」
(あーやっぱソレかー……)
浜田が困った顔をしている理由が判明し、廊下の三人はそれぞれ同情や呆れた表情を浮かべた。
「イヤ、浜田サンも……色々と大変スね……」
「なんとかしてくれよ主将。や、正直オレも貧乏な身の上で貸してくれんのすんげー有難いんだけど、教室でマル分かりの話すんだよコイツ」
浜田はもう、泣き出しやしないだろうかという声だ。
「……イヤー、……たいへんッスねー」
「――花井、同情してくれてんの? 呆れてんの?」
「や……同情っスよ、同情……大体のソーゾーは付くんで」
はあ、と溜め息を吐く浜田の後ろでは、田島が意気揚々と、手に持った紙袋の中身がいかに素晴らしいかについて熱っぽく三橋に語り、「浜田の次に貸してやっから!」などと、肩をぽんぽんと叩きながら言っている。
三橋は三橋で、田島のキラキラだけが伝染ったみたいな顔を訳も分からないまま縦に振って、大いに感心しているみたいだった。
「まかせとけ! とにかくコイツはすっげーヌけるから! ちゃーんと後で泉にも回してやっから!」
「貸し出しはいらね」
すっかり慣れてしまったのか、春にはバスの中で田島トークに泡を食ったはずの泉だけが、いやに冷静な反応だ。
「ダイジョーブだって! 中身はオレがゲンミツに保証しちゃうし!」
「ウチには『弟のモノもオレのモノ』って兄貴が居るから却ってこなくなるぜ」
きゅんっ――。
恐らくは、お宝の中の一枚に出ているAV女優の真似でもしたつもりだろう。
田島はひときわ目をキラキラっとさせると、無い胸でも寄せるように肩を竦め、両手の握りこぶしで口元を覆った。
そのポーズは元々なら媚る素振りになる。それが、田島がやると、どうも特撮の変身シーンでもやっているようにしか見えなくて、当人の無邪気さばかりが周囲に振り撒かれた。
ああ、田島……オマエってヤツは――。
午後の休憩時間は溜め息と、なんとも居た堪れない空気が教室の内外に充満して過ぎて行ったのだった。
「オマエら、教室でいつもああなのか?」
「何が?」
部員が少ないからということもあるけれど、放課後の部室は練習の後と違い、みんなのやってくる時間には結構なばらつきがある。
半分貸切みたいな室内で足元に荷物を広げ、悠々と仕度をしていた泉が背後を振り向いて聞き返すと、着替えを一足先に終えて座り込み、荷物を漁っている阿部の背中を眺めた。
「何が?」もう一度聞き返すと阿部は背中を向けたまま、「今日の休憩時間みたいなことやってんのか?」と訊ねてくる。
「田島レンタル? 何、興味あるんだったら田島に言えよ。大喜びで貸してくれるぜ?」
「いらねえよ」
カクンと脱力したよう低くなった背中の向こうで、阿部が面倒そうに言った。
「趣味合わね?」
「や、別に貸してほしいと思わねえし」
スチールの擦れあう音と一緒に聞えてきた、ふーんという、何だか含みのある泉の返事にちらりと背後を覗くと、泉は周囲の荷物から必要なものを抜き、残りをロッカーに全て仕舞い込んでいるところだった。
「なんだよ」
「は?」
「その、『コイツはそんなもんだろう』みたいな「ふーん」は何なんだ」
「借りなさそう、持ってなさそう、スコアブックでヌいてそう……あと、誰かと付き合うとか頭になさそう」
「そんなんでヌくかよ」
「あー、あとキスとかしてなさそう」
「――そう言うオマエはどうよ」
気のない喋り方が妙に悟ったというか、優位にも聞える泉の物言いに、足元の鞄を漁りながら阿部がいくらか苛々として言うと、ぽん、と手を打つ音がした。
「そういや幼稚園くらいん時、兄貴に「練習台」とか言ってとっ捕まったわオレ」
「それ、数えんのか?」
「数えねーけど後は教えねー」
そう答えた声はそれまでよりいくらか近い。
泉はロッカーの前を少し離れたようだった。
「その練習台ってのが、ちょうど――」
続いた声は、すぐ背後から聞えてきた。
『オマエ人の事言えねえんじゃねえの?』
そう、返そうとして顔を上げかけた阿部は、けれど急に首に回された腕に捕らえられ、何か言う間にガクン、と、口を開いたまま仰向かされた。
西に傾いたことが分かる程度傾斜の付いた日光に、窓の形を長く写された床がぐるっと反転し、影が差して近い――。そう認識した天井が、思ったものではなかったと気付かない間に、口を塞がれる。
反射で首に回された腕を解こうと上げた手は、目標に届く前に主の指示を失って宙に浮いたまま、ぴたりと動きを止めた。
むず痒く口蓋をなぞった温かい何かが舌に触れてやっと、阿部は触れてくるそれが、触れられているのと同じものであることに気付いた。同時に、コイツは泉かと、近いと思った天井の正体に、一呼吸ほど遅れて気付かされた。
慌てて舌を引っ込めようとすると、唇の端からふっと泉の漏らした息が頬を流れる。
笑われた――そう感じた。
思いがけない事態に起きた焦りと、笑われたことへのむかつきで引きつった阿部の頬が、流れた息を拭うように泉の手のひらで覆われる。唇を深く合わせなおされ、逃がした舌を探るようにして捕らえて吸われた後、軽い音を立てて開放された。
「こうやってさー」
いきなり後ろからくんだぜ。
低く潜められた声は笑いを含んでいた。
僅かに上げた口の端に不敵さを滲ませた泉の顔が目前から退くと、部室の天井が思ったままの明るさと距離をもって阿部の目に映り込む。以前雨漏りをしたのか、パネルの継ぎ目に沿った薄い茶色の染みが二箇所にある、見慣れた天井。
片隅を、これもよくよく見慣れた黒い頭が掠めていく像が加わる。
「え?」
すいぶん間の抜けた第一声が再起動音のように、声と同時にいきおいよく顎を引いた阿部が正面を向くと、泉は支度をすっかり終え、部室から出ようと引き戸に手を掛けたところだった。
「泉!?」
みっともないくらい声が裏返った。
呼ばれて振り返った泉は、何事も無かったみたいに鷹揚な様子で眉を上げ、何が? という顔をする。
「オマエ――、ナニ考えてんの!?」
「阿部にキスしたこと」
「じゃなくて! その前」
ああ――。
まるで返し忘れていた教科書かCDの事でも思い出したように、「キスすることと阿部のこと」そう答える呑気な声と重なって、部室の扉をひき開ける音が立てられた。
平然とした泉の態度に聞き返す言葉も何もかも頭から消され、阿部は瞠目したまま、すっかり固まってしまう。
脳の片隅の、ものすごく遠いところで「ありえねえ!」という自らの声だけが、空洞の、自分型の容器にひたすら小さくエコーしている。そんな感じだ。
「へえ、オマエってやっぱ不意打ち弱えんだ」
前からそんな気はしてたんだけどな。泉はそう、にっと笑って返しながら扉の向こうへと消えていく。
それは目前のごく近い場所で、今しがた見たばかりの顔だった。
「なあなあ! 三橋はナースと婦警とどっちが好き!?」
部室棟への道を歩きながら、田島がキラキラしながら訊ねると、同じようにキラキラして、「おお」と何に感心しているのか分からない三橋の感嘆の声が上がる。
「浜田はさー、けっこーフツーなヤツが好きみたいなんだけど! いろんなのあっからな! いっぱい貸してやんよ!」
田島は通りに花井辺りが居合わせれば、血相を変えて口を塞ぎそうな大らかな声で言うと、部室の方からやってくる人影に気付いて、いきおい良く手を振り上げた。
「泉もう行くの?」
「おお、まだ誰も行ってねえっぽいけどな、先行っとく」
「ふーん、部室空だったのか?」
「いや、阿部がいたよ」
そう言って泉は片手を挙げ、のんびりした足取りで一度止めた歩みを進めはじめたけれど、背後から田島に追いかけるよう呼ばれて再び足を止めた。
「イズミー! オマエ兄ちゃんに取り上げられんならさー、今度ウチくるー?」
十分すぎるぐらいでかい声を補うよう、口の周りを両手で囲って叫ぶ姿に、「おお! 今度呼んでー」と返事を送る。
そのまま満足そうに頷いた田島が踵を返すのを見送ると、自転車置き場に向け、泉は悠々と足を運んでいった。
夏/投/列/島/薬/局/
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