*台風一過
室戸岬沖から紀伊半島を掠め、東へと進路を取っていた小型で遅い速度の台風17号は現在、千葉沖を進行中だ。
帰り際、誰かが「今晩には海の上で低気圧に変わんだろ?」と部室で笑いながら言う。
その時にみんなの反応も微妙に緩んでしまったのは、この小型台風ってヤツ。こいつがLINGLINGなんて名前を貰っているからだ。
「オレ、一昨日ニュース見たときさあ、吹いちゃったもんなあ」
水谷が可笑しそうに背を丸めると、巣山や西広がこっそり壁の方へと顔を逸らしてしまうような有様だ。
小型で遅い速度の台風LINGLING(レンレン)は、21日夜半には、太平洋上で温帯低気圧に変わる見込みです。
そう、ニュースは言っていた。
「タイフーって風―」
食料を買い込むが早いか駐車スペースの金網に、田島、泉、水谷、と取り付くと、揃っていそいそとつま先を引っ掛けよじ登る。
戸口から見止めた花井の、「あいつらっ!」と怒った声に気づいた栄口も、ちょっと嬉しそうな顔になって夕闇にぽっかり浮かんだ三人の背の方へ走り出した。釣られて三橋も花井の前をすり抜ける。
「オマエら、たっのしそな顔してんなあ」
「栄口もあがって来なよ」
「カッゼ! きっもちーぞー!」
でかい鳥みたいに一列に並んで金網の向こう側に伸びる隣の塀に座り込み、バリバリと耳元で音を立てる風に、髪も、シャツも、無茶苦茶に弄らせた三人は一体何が楽しいのかというくらい満面の笑みだ。
「重さで塀ごと倒れたらシャレなんないよねえ」
「分厚いから大丈夫だよ」
苦笑いを見せながら上げられた栄口の手を掴んで、水谷と泉がブロックに足の裏を踏ん張って引き上げる。端っこから自力でよじ登った三橋が網の途中に足を掛けたままで突風に頭だけ出したのには、田島が片手で腕を支えてやった。
三橋の背後には、燃料を咥えてばらばらと近付いてくるみんなの姿がつづく。
「なんか飛んじまいそう」
「デカくて近かったら、マジで飛んじまうぜ」
つよい風に体の重みを預けていると、「オマエら、秋大前のケガはカンベンしろよ」足下から花井の苦い声が上がってきた。
その間にも、それぞれ隙間を空けた場所に栄口と水谷が巣山を、泉が西広を招き入れる。また水谷が巣山との間に、ちょっと及び腰になっていた沖を引っ張り上げた。阿部だけは花井の後ろで呆れ顔を浮かべて立っている。
「今年はまだ台風来る?」
「10月はあんま、聞かなくね?」
「今年最後の台風がさあ」
「レンレンなんて出来すぎだよなあ」
途端に目を瞬かせ、ぱっと顔を火照らせた三橋を見て、一列に並んだ笑い声が上がった。
同時に上がった笑い声は、「レンレンバイバーイ」と冗談めかした水谷の一声に散らされ、また雑談を合間に挟んでさんざめく。
「10月は来んだろ? 大型台風」
ひとり、ふたり。
笑いを含んだ顔がばらばらと背後を振り向く。花井もぽかんと口を開いた。
集団の一番後ろには不敵な笑いを浮かべた阿部。腕を組んで突風に短髪を煽られる姿はどこかの悪役然としても見え、その様子に数人が堪えきれずに吹き出した。
「ナニ? 阿部、なんでそんななの?」
「来んじゃん。秋大に」
同じ名前の大型台風がさ。
振り返った順を守るみたいに、一列に並んだまま、ばらばらと一同は塀の端に顔を向けた。
そこには、まだ風立つ気配無く、着々と力を貯めているだろう自分たちのエースがいる。 柔いままの印象は変わらない。
けれど、夏を越え、彼等と同じように少し成長したエースの姿がそこにはある。
夏/投/列/島/薬/局/
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